うちの猫たち 「福助」

福助は、我が家で唯一、一枚も写真がない猫です。

というのも、外で保護してそのまま動物病院へ連れて行き、一度も我が家に来ることなく亡くなった猫だからです。

福松が我が家にくる約1ヶ月前の、2008年10月の朝、福助を職場で保護しました。

お腹に傷があったこともあり、そのまま小次郎とさくらがお世話になっている動物病院に連れて行きました。

体重は300グラムしかなく、37度と低体温で、お腹には何かに噛まれたような傷がありましたが、胸膜までは達していないが、お腹全体に少し内出血があるとのことでした。

病院に連れていくまでの車内では、ずっと鳴いていましたし、立ったり動いたりしてそれなりに元気に見えたこともあって、このまま入院して治療を受ければ元気になると思っていました。

木曜日に病院に連れて行って入院させ、

金曜日は仕事の都合で見舞いに行けず、

土曜日の夕方に見に行った時には、かなり衰弱していて、保育器の中で、まったく立つこともできないような状態でした。結果的に、この時が生きている福助を見た最後でした。

日曜日は仕事で、また、動物病院も休みだったので、連絡がつきませんでした。

月曜日の朝に動物病院に電話をしたところ、日曜日の朝に亡くなった、とのこと。

病院に引き取りに行き、一度、本来福助が住む予定だった、我が家へ。

それから、動物霊園へ。動物霊園ではまだ一度も呼んだことのない「福助」という名前を記入しました。

「たられば」になってしまいますが、妻の実家の猫のように、自宅で面倒を見ていれば助かった命なのかもと思ってしまいます。妻の実家の猫も、ちょうど同じような仔猫で、かかった病院では病気のオンパレードと言われるほどでしたが、その病院に入院設備がなかったため自宅で世話をしたところ一命をとりとめ、今ではりっぱな成猫として暮らしています。どうしてもその猫と比べてしまいます。

動物病院に入院させれば安心、という思い込み

体内に寄生虫がいるのではないか(だから病院)

感染症にかかっているのではないか(だから病院)

お腹の傷は自宅では治せないのでは(だから病院)

断れないと思っていた仕事や用事は実はキャンセルできた

機動力が必要な状態だったのに、機動力のない場所に預けてしまったのではないか

病院の狭い保育器の中で、他の動物の鳴き声などがわんわん聞こえる中で、診察時間中には他の人や動物が来る中で、注射や点滴などを受け痛い思いをするのではなく、

もし、妻の実家の猫の時のように、静かな環境の中で、1時間おきにミルクを飲ませ、保温をし続けたら、元気になったかもしれない。

せっかく運良く保護されたのに、助かったかもしれない命だったのに、自分の行動が命を奪ってしまったような気がずっとしています。

福助の件は、動物病院を切り替える機会となりました(そして今も通っているいい動物病院に出会えた)。

また、この約1ヶ月後に同じ場所で保護した兄弟ではないかと思われる猫を、今度は幸が多くあるようにと、「福松」と名付けました。

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